ライター 長井の気ままな生活

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民団の新団長の次世代の在日に込める願いと思い

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            会見で意見表明する呂新団長

私は、家族はこうあるべき、日本に長くいる外国人は国籍はすべからく帰化すればいいという意見には反対です。

個人の国籍選択については、あくまでその人個人が決めることであって、他人が口をはさむべきことではありません。帰化するのもしないのも個人の決定事項です。

個人の意見はもっと認められるべきものですし、日本はもっと多様な考え方で、いろんな生き方があっていいと思います。

「自分は在日コリアンの生き方が心地よい」と考えれば、それを尊重することは当然の権利だと考えております。

また、別に、「自分は日本社会のなかで韓国系日本人として生きる」という考えだって尊重されるべきで、そこでその人が日本社会で生活するにあたり、息苦しさを感じるのであれば、それは日本社会全体で直していくことが、健全な社会につながります。

先日、韓国民団の団長が交代し、呂健二(ヨ・ゴニ)氏が新たに就任されました。

私はその際、「次世代の在日コリアンはどう生きていくのでしょうか。」という質問を投げかけました。答えのない質問であることは承知していました。

呂団長は、こう答えました。

「難しいですね。答えはみつかりません。私は在日二世です。子どもは三世で、孫は四世です。そのうち孫ふたりは日本国籍者です。これが在日社会の実像なのです。個人の国籍選択は個人が決めることです。この子たちが屈託なく生きられるような社会であって欲しい。それが参政権にもつながってくるのです。韓国籍であっても、日韓のハーフであっても堂々と出自を明らかにできる日本や韓国社会であって欲しいと願っています。
私の子どもの時代はとんでもなかったですよ。毎日、学校で、「朝鮮人」と言われて喧嘩し、翌日は抱き合って仲良くし、その翌日にはまた喧嘩で過ごしていました。改善されましたがこういう時代は二度とあってはいけないです。怒りの拳や涙をふくハンカチで生活するのでは無く、明るく生きられる社会をつくりたい。」

呂団長の意見にまったく同感でした。在日コリアンであってもそれをオープンにし、それでもみんなが屈託なく暮らせる社会であれば、それは基本いい社会です。

私が何故、在日コリアン問題の記事を書いているかと言えば、日本社会の多様性が問われているからです。

私の執筆テーマは同一性では無く多様性です。人の生き様も、いろんな形があっていいのです。多様性の一環として、在日コリアンのそれぞれの生き方をコツコツと取材しているということです。