ライター 長井の気ままな生活

気ままなライター生活を綴ります

明日から1週間ブログをお休みします

明日から1週間忙しくなります。

本来であれば今月は少し楽に仕事をする予定でしたが、スポット的な仕事も入ってしまい、今は嵐の前の静けさです。

とある編集プロダクションから依頼で一度は断ったものの、再度連絡が連絡がはいり、「是非お願いしたい」とのことで角が立つので引き受けたのですが、締め切りはかなり乱暴な設定でした。

本来であれば余裕を見て設定するはずの納期なのですが、私から見てもかなり厳しいものでした。来週は記者会見もあり、即日入稿の必要もあり、正直しんどいと思いました。

それに企業系ライターの仕事は第一稿で終わりません。第二、第三と修正要望もありますので、担当者がOKを出しても役員がノーを出すとひっくり変えるのです。

そうすると再度やり直しが来ることは分っていますので、ものすごく手間がかかります。

ですから本来は、原稿料もそれなりに上乗せして欲しいと考えていますが、なかなかそれも難しいです。

そうなると夜遅くまで場合によっては朝から深夜までぶっ通しでライティングをすることになりますが、引き受けたからには責任を持って納期遵守で仕事をするのは社会人のつとめとして考えています。

それが1日2日くらいならなんとかなりますが1週間となりますと、この年ですとやはり厳しいです。

私は締め切りを破るというのは率直に言いますと自分が許せないので、なんとしても仕事を全うする気持ちではいます。それは別に威張ることではなく社会人として当然のことだと考えています。

それはフリーランスだとしても甘えは許されません。

ただ思うことは前職での悪行がたたったのかなと思うこともあります。

私の前職の仕事はプロパガンダの仕事でしたが、社長の指示の元、チラシなども作成していたのですが、社長はせっかちな方なので「急げ、安く、品質は落とすな」の指示を下していました。

私は印刷所に、「こんな無理な仕事は申し訳なく思うが、社長の指示なのでどうか許して欲しい」というのが常でした。

今思えば、申し訳ない気持ちも多々あるのですが、そういう無理なお願いをしたことが今になって私自身に跳ね返ってきたのかなと考えています。

恐らく、先方の担当者も辛い立場であることは十分想像しているのですが、上からの指示でやむをえずそうしていることなのでしょう。

前職の社長は、「そんなの簡単にできるだろ」という方でした。私は実務をよくわかっていたので、しばしば「この納期では無理ですよ」と進言したのですが、なかなか分ってもらえませんでした。

ライティングにしても印刷にしても適正な納期と金額は必要だと考えていますが、なかなか世間には理解してもらえません。

なので明日から1週間ブログをお休みします。ごくごく楽しみにされている方には申し訳なく思いますがそういうことですのでよろしくお願いします。

記事を執筆するには集中力が必要ですが

ライターの仕事は当然、記事執筆では集中力が必要です。

でも長時間書いていますと、当然、集中力が持続しません。

まあ率直に言いますと飽きますし、眠くなります。

ライティングの仕事を100%全力で行なえばほぼ無理が出てきます。

そのため、一定の遊びというか余裕が必要だと最近、思うことがあります。

70%くらいの力で仕事をするのがちょうどいいです。

前職関連で、知り合いのある社長さんが「ウチは少数精鋭全力投球」というのが口癖でしたが、そこの社員さんがちょっと心配になりました。

毎日、全力で仕事すれば糸が切れるような感覚になるのです。

私自身の仕事で言えば、再来週は少し休むつもりですが、来週乗り切れるかかなり実は不安です。

どう考えてもフルタイムで集中力を使って結構夜遅くまで仕事しないと終わらない分量で締め切りもきついのです。

年齢的にも1週間丸ごと集中して仕事するのは30歳代であれば可能ですが、50歳代を超えれば、さすがに頭が痛くなります。

本音言いますと、

「こんなの終わるわけないじゃん」といいつつも、

「終わらせなければいけない」という現実もあります。

明日の日曜に一日中寝て、月曜日~日曜日までマラソンみたいな仕事が続きます。

その翌週は多分抜け殻のようになっていることは十分想像できます。来週は

大丈夫かな。

 

一色いろはの口癖の思い出

一時期、流行ったライトノベルに『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』があり、アニメも二期までやりました。

中々面白くすべて一時期完結したと思いましたが、作者が今最終章を執筆しているところです。

その中の登場人物に「一色いろは」が登場しますが、その女性の口癖は、「無理です。お断りします」を主人公になげかけることが多く、この言葉が結構、私は好きでした。

話の本筋は、一色いろはの口癖ではなく、私の仕事なのですが9月から10月にかけて、選挙もありましたので、本当に忙しかったです。

その節に、ある編集プロダクションから仕事が舞い込み、その際、「仕事が忙しいので、今は対応するのは無理です」とお断りしました。

実は、今でも取材した内容を記事にしていない原稿が多く、早く執筆しなければならないと焦っていて今はあんまり取材を入れていません。

その中でちょこちょことこれとあれとこれをやって欲しいと雑誌からの依頼もあったのでこれは引き受けました。やはり紙媒体で執筆することは嬉しく、こちらは割合に優先順位が高いです。

私の今の本業はwebニュースなのですが、本心としては紙媒体掲載されると嬉しいです。

編集プロダクションの仕事をお断りしたのはライター名が載ることもありませんし、金額的にもどうかと思ったことと仕事が忙しいからです。

ライター名が載らないとあんまりやる気がないのです。

その話を忘れた頃に、再度連絡があり、「先方様から是非お願いしたい」との連絡がありました。

この連絡を受けたときにため息をつきました。

話を詳しく聞いてみると、結構な長期の仕事であり、その仕事を請けると好きなwebニュースの仕事が少なくなするという危惧もありましたが、まあ少し世間のために働かなければいけないのかねと思い、結局仕事を請けることにしました。

それに2回も依頼されてお断りすると角も立つだろうなとも思いました。

ただなんと言いいますか、サラリーマン時代にはいろいろと貧乏くじを引いてきたことが多かったです。

引いてきたと言うよりも押しつけられていたことというのが表現としては正しいかも知れません。

押しが強い人間がうらやましく思いますし、一色いろはのように「無理です。お断りします」とキッパリ言える人間になりたいと思うこともありますが、どうやら無理のようです。

フリーランサーになったら性格が変るかと少しは考えましたが、やはりサラリーマン時代の性格が色濃くいまでも反映されています。

この1年フリーライターをやってわかったこと

フリーライターって食べられるの?」

という質問がありますが、私の場合は贅沢をせず、ほそぼそと生活すれば十分食べられるレベルでした。平日には温泉行くと安いものでその分お金も浮きます。

なんとかやっていけるレベルです。

こういう生活を一度味わいますと、恐らくフルタイムの仕事には戻らないでしょう。

それに昔のように物欲もすっかりなくなっている生活ですし、なにか大きな買い物をするわけでもなく、普通に生活すればなんとかなります。

それにサラリーマン人生で嫌だったことはいくつかあるのですが、

①社内政治で労力を使いストレスを貯めると無駄遣いをする

②作業をしない外野の方の話もいろいろと聞くことでストレスを貯める

③会社の社員旅行が嫌だったこと

まあほかにもいくつかありますがこんなところだったのでしょう。日本のサラリーマン社会は不思議なもので作業しない方の声が大きく、それが1人や2人であればともかく、私の部署は、いろいろな方が口を挟みやすいところでしたので、辛かったですね。

そこでストレスが貯まると、結果、無駄遣いすることになり、お金も使うのです。

ところが、社内政治から離れますと、ストレスが本当になくなります。

辛くなりすぎると会社からタクシーで自宅まで帰宅していたのですが、今はそんな無駄遣いをすることもなくなりました。

結果的に収入が減りましても支出が大幅に減りましたのでそこそこ生活するには困らなくなったのです。

なので食べて行くには困らないというのはそういうことなのでしょう。

親の希望は会社員を続けて欲しかったのでしょう。

私の親はもう亡くなっています。

ですから親の話を聞くことはもうないのですが、もし親が生きていると仮定するならば、親の意見としては「会社員を続けていくべき」と想像しています。

まあそういう意味で私は不肖の息子で親は草葉の陰で泣いているかも知れません。

私がライター職をはじめたころは親はすでに亡くなっていますから、親に相談することはありませんでした。

ただ親からするとちゃんとした会社に勤務するのが常識という人でしたので、会社辞める決断については存命でしたら大反対していたでしょう。

昭和初期に生まれ、戦争を経て、高度成長の果実を味わい、バブルからその崩壊まで、そして今日の日本の衰退までを見届けました。

最後は認知症になり、私たち夫婦を困らせましたが親の立場からすると悪くない人生だったのでしょう。

そういう昭和の価値観からすると「フリーランス」という言葉そのものも分りませんし、そういう仕事をすること自体、理解できなかったと想像しています。

かろうじて理解している言葉は「フリーター」くらいで親からするとどちらも変りません。

朝ちゃんとした会社に出勤し、夜に家に帰り、仕事の勉強もし、また朝出勤するそういう価値観の人でした。

親は、「安定した仕事をしろ」というのが口癖でした。

もっとも父は、会社を辞めた後、晩年は個人事業主の仕事をしましたが。

ですから両親からするとせっかく大学まで出してあげたのに、フリーランスの仕事をするのは納得いかないという気持ちも理解できます。

それだったらここまでお金をかけず高卒で良かったと今ごろ、天国で両親は私に対して不満を漏らしているかも知れません。

私はそういう意味で親には申し訳ないという気持ちは少しあります。

ただ感謝の気持ちも忘れていません。

やっぱりライター職につけたことは親が教育にお金をかけたことも大きいですし、結構、私の希望についてはおおよそ理解を示してくれました。

大学も希望を示した文学部については反対もしましたが最後には納得してくれました。

ただ親はこうも言っていました。

「文学では食べられないから苦労するぞ」

実際、食べられなくて、就職では大変な思いもしましたが、そのあたりは親の言うとおりでした。

紆余曲折を経て会社に就職しましたが、ほかの方が一部上場会社二部上場会社の内定を決めている中で、私の就活は結構苦労もしました。

親の意見とすればいろいろと考えはあったのでしょうけれど、最終的には給料が安くてもいいので、会社の世界からおりて文化の道で食べていこうと決断したことを親が知ったら、どう思うかといろいろと考える日々です。

 

 

いじめについて思うこと。たぶんなくならないと思う

reasongomainstream.hatenablog.com

www.waffledreamblog.com

上記、お二人のブログ主様の意見を見ていろいろと思うことがありました。

学校でも職場でも排除の論理という「イジメ」というはよくあることです。

社会に出れば、「パワハラ」だったり「暴言を日常化」として、「オレはあいつを鍛えているんだ」と自己正当化する人が多いのです。

いじめをする人はどのようなことであれ必ず自己正当化をします。

たとえばあいつがいると会社の秩序が保てないから、考え方を変えさせているのだという形で自分がやっているパワハラは正義だと思っています。

いじめられている本人からすればそんなことは耐えられませんから早晩辞めていきます。いじめられている人がいなくなると、今度は別の人をターゲットにします。

「あいつがいなくなったが、今度はこいつが秩序を乱している。こいつをいじめよう」

ということになるのです。

そしていじめをする人も排除するためにものすごくエネルギーを使っています。

こんなエネルギーを使うのであれば、仕事をした方が健全だと思うのですが、人間メンタル的には小学生から70歳くらいに至るまで心情的にはそうそう変らないと考えます。

こういう会社っていっぱいあるんでしょうけれど、いじめをするためにエネルギーを使うのですから、当然、生産性は下がります。

どうして人間ってスカっと生きられないのかなと思うことがしばしばあります。

 

身の丈のあった生活スタイル

私もワイフもこれまでルールにしがみつかず気ままに生きてきました。

ただし、個人事業主になればより気ままになるかと思いましたが、そうはならないようです。

結構仕事は多く、ワイフも仕事をしていますがまあまあ2人ともがんばっています。

アーリーリタイヤとはいっても仕事はやったほうがいいというのが私の考えで、それがいつまでできるか分りませんが、続けるだけ続けた方がいいでしょう。

ただそれはサラリーマンという形ではなく、バイトだったり好きなことを仕事をするのもいいでしょう。

ただし、予想外に忙しくなることは当然あります。

最初の3ヶ月はポスティングのバイトや営業での売り込みが多かったです。この時期はあんまりお金になりませんでした。

7月頃からようやく軌道に乗ってこのまま稼げば贅沢しなければ生活に困らない程度まで行きました。

8月からは想定以上に仕事が舞い込んできたので忙しくなり、選挙に突入してからより忙しくなり、落ち着いてきたのはここ11月からです。

ただ毎月コンスタントに仕事をこなしているため、悪くない人生です。

それでも実際に稼いでいる金額を言えば、

「そんなものしか稼いでいないの」と言われそうな金額です。

ですからライターという仕事をすると人生設計では贅沢はなかなか難しいでしょう。

贅沢をしたいのであればサラリーマンをした方がいいです。

贅沢を取るか好きを仕事にするか人生それぞれですが、今の仕事をして以来、不思議とお金は使わなくなりました。身の丈のあった生活スタイルになったのでしょう。

贅沢しないと「負け組」とは思いません。「勝ち組」か「負け組」にこだわらず、淡々と生活していきたいと考えています。