ライター 長井の気ままな生活

気ままなライター生活を綴ります

60歳から始める個人事業主~会社はもっとサラリーマンを解放すべき

現役時代から感じていたことですが、会社はサラリーマンと一体感を強めようとするのはいいのですが、副業や私生活をもっと自由にさせてもいいのになと思っていました。

あれもこれもダメって小学生並みに小さな問題でも口をはさむことに煩わしさがありました。これじゃサラリーマンも楽しくないでしょう。仕事っていつも思いますが、楽しくないと続きませんから、サラリーマンが日常生活でこれをやろうとアイディアを思いついたら、カネがかからなければとりあえずやらしてみてもいいでしょう。それが仕事に跳ね返って成果になる可能性もあります。

ひょっとしたら会社ってサラリーマンが自立的に動いたり、活動すると洗脳が解けるということを恐れているのかも知れません。まあ、確かに私も50代から副業しつつ、60歳から個人事業を開始することをうすうす決断したのも副業がキッカケです。そう言われると自立的に考えると会社から脱走する危険性はあります。

その後、上司ともめて、「あほらしい」とつぶやき、副業を本業にクラスチェンジしてそれを生活しようと決断して辞めたのです。

実はその際、知り合いからあてがあるのかと聞かれましたが、もちろんあるに決まっていました。そのあてがあったからこそ独立できたも言えます。やけになって独立というのはあまりオススメしません。

でもそれでいいと思います。だってサラリーマンは一生会社とともにあるわけでもなく、65歳になれば再雇用を続けても事実上の引退で会社とも卒業です。ですから、別れる時期が少し速まるだけです。会社の卒業はサラリーマン自身が決めても良いと思います。

働き方改革」でさまざまな議論がありますが、楽しいか面白いかというのは大きなポイントです。

ところで働き方を議論するときは一生同じ会社に勤務するという前提ですが実際、私も3回ほど転職し、サラリーマン人生を終わりましたし、実際、そういう人が多いのではないでしょうか。銀行や大企業勤務にしても一生いられません。時期が来れば、やはり子会社に出向というケースが多いです。最後は転籍になります。

官僚も同じです。官僚も70歳まで面倒見てくれますが、みんなが事務次官や局長になれません。キャリアでも本省課長止まりというケースが多く、その場合、民間へ出ます。

なにが言いたいかと言えば会社もサラリーマンを人生最後まで面倒見切れないわけですから、会社は50過ぎたらある程度サラリーマンに対して自由に生きることを推奨すべきなんです。サラリーマンも子どもではないんですから、そのうち生きる道や食い扶持も自分で見つけていくでしょう。

どうも私たちシニアの世代は悲観的に考える人が多いです。50代から70代の「シニア世代」の男女1000人にインターネットで調査したところ、92.6%が「老後に不安あり」と回答したとのことですが、50歳から生き方や働き方の自由度を高めていけばこんなことにならないでしょう。

そして最後にサラリーマンに言いたいことは、会社はあなたのパパやママではありません。あなたに価値があれば、70歳でも80歳でも雇用するかも知れません。しかし、その時のギャラはおよそ20万円です。

価値がなければ法律に基づいて60歳定年、伸びても雑用仕事で65歳で終わりです。会社にしがみつこうとしても会社としては困るのです。

会社としてはできうることなら60歳になったら各人それぞれ自由に羽ばたいて欲しいのです。これはすぐに考えつくことではありません。セカンドキャリアはご自身で開拓すべきことなのです。

 

60歳から始める個人事業主~中小企業の事業継承問題

私はこの問題について、あまり国は口をはさまなくていいと考えているのです。実は、中小企業の社長は多かれ少なかれ、雇われたくないという思いでビジネスを行なったもので、誰に事業継承するかを考えていなかった例が多いのです。

たまたま、儲かっていれば自分の息子が継ぐでしょう。それがベストなのですが少しの黒字は出ていても、継ぐ旨味が少ない際は、息子や娘婿は公務員かサラリーマンをしている例があり、ここが事業継承で一番の問題をはらんでいます。

会社で利益を出すスキルと事業継承のそれとはまったく違います。また、技術的にそこそこ優れていてもそれが属人的であり、継承できなければなんの意味も持ちません。

亡父の個人事業は仕事は誰でも出来るのですが、仕事を取る手法は人間関係で属人的でした。実際、この人間関係は私にもよく分かりませんでした。

そしてさらにやっかいなことに経営者だけが高齢化しているのではなく、従業員みんな高齢化している会社が多く、国は頑張って事業継承させようと思って、最近では経済産業省外資を呼び込んで日本の中小・零細企業買いませんかと誘っています。

でも、会社全体が老人の会社って魅力がないんです。それに高齢者ばかりの会社って継続的に利益確保が出来るか疑問です。

ネットを見ると、中小・零細企業の独特の技術を外国に売る気かと反発する声もありますが、まったくそうした懸念はありません。本当に優秀な技術であれば、大企業が株を買い取って子会社化しています。

今、売りに出されている中小・零細企業は本当に微妙な会社が多いのです。ただ黒字の会社もそれなりに多いので潰すには惜しいと感じます。雇用を考えると売れればいいのですが、中小・零細企業の経営は簡単ではないです。

この事業継承問題を考えるとやはり経営者が悪いです。本当は、自分の次は誰かということを考えることも本来、経営者の仕事だったのにそれを完全に放棄していたのです。

よく、大企業ドラマで、老いた社長が専務か副社長あたりに、「僕の次は君だよ」と指名するシーンがありますが、中小企業にはそういうのはないです。

本当は指名して、社長になる心構えなどを教えた方がいいです。

そして経営者が突然死した時、同様に会社も死ぬのです。ただ、この場合は、いわゆる倒産ではなく、休廃業・解散です。その後始末は残された総務系の社員が行ないます。

これは「しんがり」と呼ばれる仕事ですが、この仕事は完全に貧乏くじです。味方を全員逃がすために、自分がその会社に留まって敗戦処理を行なうものです。

羽柴秀吉も「金ヶ崎の戦い」でしんがりをつとめましたが、この「しんがり」は現代でも生きているのです。

ちなみに、父の個人事業の後始末は私と妻が行ないました。個人情報にからむ書類が多かったので、大量の紙をシュッレッターにかけました。だいたいしんがりの仕事は中小同族会社の場合、身内がつとめるのです。

今、倒産はもっとも少ない時代に突入していますが、休廃業・解散は高止まりです。これから老いた代表が多いのでさらに休廃業・解散は続きます。

中小企業の1/3が代表が高齢化し、後継者が決まっていないのは127万社です。これから恐ろしい数の中小企業が廃業することになるでしょう。

異論はあるかもしれませんが、私は休廃業・解散をどんどん進めて古い体制の企業は市場から退場してもらった方がいいという考えです。古い体制の企業は歴史的使命を終わったのです。一方、新たに起業してもらう若者が増えてくれた方が市場の新陳代謝が図れるという考えなのです。

私も父の個人事業を継がず、父に廃業してもらって自分が個人事業を立ち上げました。世の中そういう風に回っていくのが一番いいと思うのです。

 

60歳から始める個人事業主~人手不足倒産が増えている? オッサンに外注すればいいと思います

私はあらゆる産業の人口動態は健全なピラミッド構造が望ましいと思っています。

たとえばこんな感じです。

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こういうピラミッドであれば多くの産業は健全です。建設業界は実際はオッサンばっかりで、業界は「けんせつ小町」とかいろいろと宣伝していますが、厳しいです。

オッサンばかりの会社ならいいかもしれません。私のいた会社は、老人ばかりで平均年齢は60歳くらいかもしれません。私の世代がまだ若手だから酷いものです。

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この図で言えることは、建設業界は55歳以上のオッサンたちが33%で、あと10年か15年くらいで100万人以上が離職します。建設業界団体から言わせると100万人離職時代です。それに若手の29歳以下は約10%でやはり、氷河期を潰した影響というのはかなり大きいことが分かります。

建設業界って別に戦略を考えて事業を行なっていないんです。その時その時のムードに流されることが多いんです。スーパーゼネコンは優秀な人材が社長をやっていると思われがちですが、内実はこんなものです。

そして仕事って給料だけでは人が来ないのです。やはり激務だと人が来ないですね。建設とか運輸なんてその典型じゃないですかね。

建設って裁量労働制が多いんです。ですから残業させ放題で、割と夜10時頃まで残っている人って多いのです。夜2時まで仕事漬けって人もいます。それで土曜日が休みというのであればいいのですが、業界的に休めません。

裁量労働制で知り合いの会社の採用パンフレットを見たら、男性・女性社員も6時半で帰宅と書いていましたが、いやいや違うだろうと苦笑いしました。

建設業の残業代を正直に払ったら膨大な金額になるはずです。建設業とその関連業界はみなし残業が多く、コスパ的に給料は高いようでいて高くないです。時給に直すと、セブン・イレブンのバイト並です。

私も今は給料安くてもいいから個人事業主でのんびりやっていますから、こういう人が意外と多いかも知れませんね。

で人が不足しているとお嘆きの業界にアドバイスですが、やはり外注という概念をもっと拡大するべきであると思うのです。私が現場に出るというのは無理ですが、現場OKというたくましいオッサンもいると思うのです。

今や大企業は外注の概念は当然となっており、現場監督も派遣の人が結構います。別に建設業界に限らないのですが、中小企業って面白いのは全部自分のところで完結させようと試みるのです。

それってやっぱり辛いと思うのです。今は職人外注のためのアプリがありますから、活用すればいいんです。

これは別に職人の世界に限らないんですが、人手不足で大変だと叫んでいるニュースがとても多いのです。私も人手不足記事を書いていてうけがいいので何回も似たような記事を書いています。

biz-journal.jp

たとえばこれとか。私は仕事きついとか、人手が不足して困ったと嘆いている会社は、信頼できる人を獲得して、外注化を進めればなんとかなると思うのです。

ただ、外注するカネがないというのは単なる資金不足でそれは、不況型倒産であって人手不足倒産ではありません。

最近は不況型倒産と人手不足倒産が混合されすぎている傾向にあると思います。

 

60歳から始める個人事業主~タウン紙で街ネタを書くのも地域貢献

私はタウン紙で街ネタを書いています。これで儲かるわけではありませんが、意外な広報の方と知り合いになれることや地域貢献につながることがメリットです。

タウン紙ってどんな記事を書くのですかと聞かれますが、ネタとしては60~70歳、そしてお子さんのいるご家庭をターゲットにする記事が喜ばれます。

ですから時々、街ネタは一般紙の記事がかぶりですので、一般紙記者とも仲良くなって雑談します。経済や政治記事は結構、熱くなりますが街ネタは本当に楽です。

広報の人とも雑談しますが楽しいです。

気をつけるときは写真の個人情報で、お子さんを撮影するときは、保護者に写真撮影いいですかと許可を取ります。

しかし、街ネタ対応は意外と大企業の広報が相手になりますので、親しくなり別の媒体で取材するときでも、「いいですよ」と快くOKしてくれるときも多いのです。ですから街ネタを丹念に拾うこともライターとして必要なことなのです。それだけ顔が広くなりますから。

私は地域貢献っていろんなあり方があっていいと思います。地域で頑張っている人、素晴らしい職人をフォーカスすることも大事です。

本当は私もカメラマンとしてそこそこいい腕をもっていればいいのですが、残念ながらそこはうまくありません。街ネタは写真映えが結構重要なのです。

実はカメラは恥ずかしながら昔は一眼レフでしたが今はスマホです。

私は身体がそれほど丈夫ではないのでボランティアはできませんがタウン紙を通して人を紹介することをしています。行政機関も私が紹介記事を執筆することで喜んでもらっています。

街ネタをどこで拾うかというと区の広報誌です。私が興味を持った内容について取材し、編集部に送ります。役所に事前に取材に行くことを申し出、了承を得られます。まあこういう積み重ねが役所への食い込みにつながります。

原稿代はどのくらいかと言えば、はっきりいいますと取材に行く電車賃と食事代くらいです。

原稿執筆ではお金も大事ですが、たまには地域貢献をしてもいいというのが私のスタンスなのです。

60歳から始める個人事業主~会社を辞めたオッサンのその後

会社って別に仲良し倶楽部でもありません。仕事をするところです。昔勤務していた社長は会社は家族だと言っていましたが、私はそう思ったことは一度もありません。その発想はよくわからなかったというのがホンネでした。

ちなみに、先日、会社の人から私に間違い電話がかかってきまして、「すまん。間違いだ」と言われつつ、「今何しているの」と聞かれました。

私は「適当に文章書いています」と答えました。その人は私の回答に関心を示した雰囲気ではありません。私も会社在籍中、辞めた人がどういう生活をしているか関心がありませんでしたが、まあなんかで暮らしているのだろうと思ってはいましたが、わざわざ調べようとも思っていませんでした。

なので会社の人が今、私がライターの仕事をしていて、WEBニュースライターや社史編纂などの仕事をしていることを知らないことはある意味当然のことです。私も言わないですから。こんなに大量にライティングをしていると知れば少し驚くかもしれません。

私のブログやTwitterの存在も知らないでしょう。

しかし、最も意外なのは私がタバコを止めたことでしょう。もし、タバコをやめたことを知ればみな驚くに違いありません。

会社を退社し、時間がたっていくごとに話題にのぼることが少なくなります。何しろ会社をやめる人間はそれなりにいますから、いちいち話題にしていたらきりがないものです。

最初のウチは、「あの人、何して食べているのだろう」と食事の中で話題に上ることもあります。この点に関心があるのは、何か良い食い扶持を見つけられれば、自分も鞍替えすることを考えている人がいたからです。

ちなみに、ある人が話題に上がったとき、生活に困っている雰囲気でもなかったため、「あいつロトでもあったたんじゃないか」という話がありましたね。

特に、私の場合、50代前半で辞めて辞め方もバックレに近いものでしたので、1年間は話題になったでしょう。しかし、そのうち忘れるものです。それはやはり会社は新しい仕事が生み出されていき、忙しい毎日を送るからです。また、別の人が退社して私のことは忘れ去られます。

社員が関心があるのは、「何して食べているのだろう」ということです。これは会社自身うぬぼれに近いものがあるのですが、ウチの会社から離れたら食べていけないという思い込みがあるのです。

そんなわけがないんです。みんななんかで食べて生きているのですが、それについてあまり目をむかない方が多かったです。ましてや私のように個人事業主で仕事をするというのはサラリーマン視点からすると、信じられないようです。

このブログを読んでいるサラリーマンがいらしたら、自社を辞めた人はそれなりに食べていると想像して下さい。ひょっとしたら、自社にいる時よりもいい生活をしているのかもしれないのです。

60歳から始める個人事業主~ライターの場合は個人事業に関する本は読まなくてもいいです

会社を辞めるときはいろいろバタバタしていました。ライターとして個人事業をはじめるにあたり何をすれば良いか分からなかったので個人事業に関する本を大量に買い込み、読みました。

しかし、妻は冷ややかに見ていました。というのも、

「あんたの場合は売り買いするわけではないからすごくシンプル。売上から経費をマイナスするだけでいい」というアドバイスをしていました。結論から言えばさすが商売人の出だけあって商売のことがよくわかっていました。

今思えば本を読む必要は無かったです。

私が行なったことは、最寄りの税務署に開業届と青色申告申請書を提出しただけです。

あとは、月々の収入がいくら入って、経費はいくらかかったかを計算するだけです。

それを確定申告の際、申告します。私の場合、収入がほんと知れています。だから総務的作業は楽です。

これが売り買いするのであれば色々と面倒くさい手続きが必要だと思いますが、ライターの総務的な業務はこんなものです。

ですからライターの場合あまり真剣に考え込まなくてもいいのです。これがライターで1000万円稼ぐ世界であれば私はそれは分かりません。いろんなつきあいや飲み食いも活発だと思いますのでそちらの世界はまた別です。

私の生活ってせいぜい年収300万円でコスパの良い生活のあるべき道を提案しているのでありまして、ライターでお金儲けできる話を書いているのではありません。

そこであえてみなさんに問いたいのですが、1000万円もらって忙しい人生送りたいですか。私はノーです。収入が少なくていいですから心と生活に余裕が欲しいです。

実は、父もライターではなかったですが、売り買いするタイプの個人事業主ではなかったです。姉も同様です。ですから割と楽だったと思います。

亡父と姉の生活を見ていますと気楽です。私も含めて三人ともそれほど稼いでいないのにもかかわらず、楽観的な生活しています。

でも私の母はこういう生活を嫌い、本当は私に対しては公務員になって欲しかったのです。母は父が個人事業をやっていることについてあまりいい気はしなかったのです。

ふと、考えてみると私の血統って個人事業主が異常に多いです。確かに私はサラリーマンでしたが、気がついたら個人事業主をやっていますし、親戚も一人親方などの個人事業主をやっているのでそういう家系があるのかなと思いました。

親戚を見ていても結構気楽に過ごしている人がとても多いです。もちろん、商売ですから楽ではないでしょう。元々、私は大学を卒業したときは、個人事業主をやるとは夢にも思わなかったのですが、今思い起こすと個人事業主の親戚もそれほど辛い生活を送っているとは思えない方が多かったです。

個人事業主の家系というのはあるのだろうかというのが最近思うことです。

 

 

 

60歳から始める個人事業主~会社と共同幻想

私は会社というのは共同幻想を社員で共有しなければ成り立たないと思っています。私はある会社で働いていたとき、共同幻想を構築するためのプロパガンダの役を仰せつかっておりました。

人間は希望を得ることはすごく大事なことであって、あることが実現するかしないかは別として将来こうなって欲しいと言うことをみなで共有することは社員の幸せにつながるのです。

ですので会社はお金儲け以外何か、イデオロギーやスローガンが必要になってきます。人々を幸せにするとかどんなことでも良いのですが、なにがしかの世間に訴えかけるものを建前でもいいのでつくらなくてはいけません。

イデオロギーやスローガンをみなで共有するとそれなりに仕事はやる気になりますし、この商品を販売することが幸せにつながると真剣に考え込むようになります。それを共有することでやる気は出ますし、家族のような一体感が生まれます。

これは一種洗脳という作業に近いです。日本が新卒一括採用を好むのはまあ洗脳しやすいことと、共同幻想を共有しやすいからだとも言えます。

日本の企業が宗教団体のようなにおいがするのはこの共同幻想と無関係ではありません。

しかし、実を言うとほとんどの場合、スローガンは単なるフィクションであって、商品を売るための方便なのです。世の中には方便や共同幻想に満ちあふれているのです。

ただし、フィクションだから実社会でまやかしだということを言うと、村八分や会社八分になりますが、実は私は会社の中での共同幻想をつくっていたことについて幾分なりとも心を痛めていたことも確かです。

吉本隆明の『共同幻想論』はいろんなことに応用できますが、会社のトップはいろんなカタチで共同幻想に基づく理念をつくり、みなで共有しようと試みます。その幻想についていけなくなったとき、往々にして会社を辞める人も出てきます。

会社のトップが強いリーダーシップやスローガンを打ち出す際は、社員も割合に熱狂的になります。その熱狂が共同幻想のもとにもなるのです。

ちなみに私は会社には共同幻想が必要という考え方なので以前行なってきたことが誤っていたとは思っていません。

しかも共同幻想を共有すると言うことは結構気分がいいものなのです。自分たちが正義の立場であり、ライバル会社やそれに反する立場にある人物を悪と糾弾しやすくなるからです。

この共同幻想は極めてわかりやすいものが望ましいです。難しい理屈では受けません。

この共同幻想を熱狂的に共有できれば、社員をこき使う方便になります。やはり、社長からすれば、オレが儲けるためにみんな働けというのでは下品です。だから、共同幻想が必要なのです。

ただし、問題はその共同幻想を発信するトップが亡くなった後、それをしっかりと継ぐ人物が居なくなると、共同幻想や目的も失われていきます。会社存続の危機というのは共同幻想を共有できなくなったときに生じるのかも知れません。

ところで私は昨日、個人事業主は自立の大切さを訴えましたが、サラリーマンであれば共同幻想の共有は必須でありつつ、会社から離れますと共同幻想から離脱することも重要ということも付け加えておきたいところなのです。