ライター 長井の気ままな生活

気ままなライター生活を綴ります

富岡八幡宮の殺害事件について思うこと

私は時事ネタについてはあまり本ブログで取り上げることはありません。

しかし、今回の富岡八幡宮ではやるせない思いもあり、書くことにしました。

色々と報道されていることをチェックすると根っこは姉弟喧嘩でもあり、東京都内では格の高い神社宮司の跡目争い、神社にまつわるお金を巡る資産争いなどさまざまな面が浮かび上がってきます。

これが田舎であれば、神社だけではなくお寺も貧乏なことも多く、お子さんや娘婿も継ぎたくない方が多く、今は後継者不足の問題が進行中ですが、都心部でお金のある神社となるとこうした問題も起るようです。

私はあまり神も仏も熱心に信じるタイプではなく、まあ何かあった時だけ、お参りに行くタイプです。実は富岡八幡宮も何回かお参りに行っています。

その時、富岡家の姉弟宮司の地位を巡って大げんかをしている最中であることは知ることもなかったのですが。

それにしても弟が姉を日本刀で殺し、運転手も刺し、最後は弟夫婦も自刃する顛末を見て、人間はお金や名誉を目の前にすると、世の中神も仏もないなと思います。

なまじ、資産や地位があると人間は欲が絡み、見失ってしまうのか。

それとも弟視点からすれば、「オレの方が宮司にふさわしい」という自負があったのか。

今となっては知るよしもありませんが、私はサラリーマンを退職する際に、こうした「自負」や「欲」などから背を向けた人間です。

実は、サラリーマンにとって、「自負」や「欲」は必要で出世するためには、

「オレは優れた人間だ」と思うことも不可欠なのです。

そういう意味で、私はサラリーマンとしては「負け組」です。

ただしそれが極端な例で人への悪意や殺害に向けてくる現実を見ると、「負け組」でもいいかなと常々感じます。

それでも隠居することをせず、ライティングという生業をこなし働いているのは、世の中でさまざまな経済的、社会的、政治的事象があり、好奇心が強い私にとっては、この世の中から隠遁することについてはまだ早いのです。

この富岡八幡宮も一つの社会的事象でありますが、多くの識者が分析することでしょう。その中で私も取材することがあるかも知れません。