ライター 長井の気ままな生活

気ままなライター生活を綴ります

ノンポリ政治ライターの辛さ

なんかいも執筆しているが私は政治に関してはノンポリである。

もし団塊の世代生まれであってもゲバ棒持つこともなかったと思う。

ここ一ヶ月間本当に山ほど政治家の話を聞いて辛くなった。人生で一番多く政治家の話を聞いた日々だった。

政治家のみなさんもっともな話をしてその場ではその話に共感することも多い。

ある政治家の話を聞いた直後、「ヨシここに入れよう」と思うのだが、別の政治家の話を聞くと、「ここの政党も悪くない、気が変わったのでここにしよう」と考え、その繰り返しだ。こんなことを一ヶ月間繰り返していく内に本当に頭がおかしくなっている。

今日もある政治家さんの話を聞いたら、「やっぱりここはイイ」ということになって、自分の立ち位置がどこにあるのかすらもわからなくなった。

普段どこに投票しているかと聞かれれば、その時の情勢によると答えているし、バラバラだ。

私の欠点は流されやすいところがあり、特に政治に対して首尾一貫した思考はない。

ブログ読者は私を立憲民主を支持しているのではないかと思われるかも知れないが、今日の時点でもどこに投票したらいいまったくわからない。

白票も投票に行かない選択はわたしにはない。少なくともどこかの政党や候補者に入れて棄権をしたことがない。

雨が降っても槍が降っても投票には行く。

はじめの頃はおもしろおかしく政治記事を書いていたが、今は自分の記事について混乱している。

政治家の話を聞けば聞くほど政治がわからなくなるというのも皮肉だが、心も身体も疲れ切った。

ほかの政治ライターがどうしているかわからないが、精神的に持たないのではないかと思う。政治の記者会見は殺伐としているので私もその殺伐さがこの一ヶ月間にわたって乗り移った感じだ。このブログにも殺伐さがあったと思う。

それは素直に反省したい。

今の精神状態はこの1ヶ月で最悪だ。政治関係の記者会見に出席すれば、なるべく目立つところに陣取りして質問するが、嫌な質問もする度に自分の心がむしばまれている。

心身病んでいると政治記事はこれでおしまいと何回宣言したか分らない。ところがネタがあると政治の記事を書く繰り返しをやっている。

しかし、困ったことにこの政治記事がビジネスジャーナルで人気を博し、需要が多い。

政治記事をはじめて上位に来て喜んでいたが、だんだんえげつない記事になっていくと、さらにより上位に行くが、なんだかなあと思う。

こういう記事が読まれるというのは今の日本が殺伐としているからなのだろうかと思う。

昨日、とある調査関係の記者会見に出席したが本当に楽だった。殺伐としたこともないし、淡々と取材は進み、淡々と記事にしていく。

しかし、こうした経済記事はまったく人気がない。乾坤一徹で書いてこれは上位に来るだろうとにらんだ経済記事は反響がない。

まあ、そういうなかで政治ジャーナリストという存在はすごい。私のようなライターが1ヶ月で、「もう政治記事をやめる」と泣き言を言っているに対して、ずっと政治に関わっていられる人は率直に言うと尊敬する。

考えてみれば政治ブログをやっている人もすごい。私も政治ブログはもうここらへんが限界だが、もう普通のライターブログに戻りたい。

ずっと政治のことを考えられる人は本当に尊敬する。

自分もこの1ヶ月ずいぶんお金は稼いだが心身は病んだ。

ということなので近々、温泉に行って療養してリフレッシュしよう。