ライター 長井の気ままな生活

気ままなライター生活を綴ります

会社ごっこと仕事ごっこ

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会社を辞めるというのは大きな決心だし、人によっては明日からどうやって食べていくんだと思う人も多いと思う。

だから、私は日頃から、会社を辞めても食べていくためのスキルを覚えておくことがとても大切だと言っている。

会社時代での人脈は驚くほどあてにならないというのは以前、書いたが、そこで何らかのスキルを身につける方が大事だとこのブログでも言ってきた。

ダメなのは社内政治にあけくれている人だ。逆にこういう人は一生会社にしがみつくべきだが、会社という後ろ盾がなくなった場合、大変だ。

社内政治というのはなんのスキルにもならないし、私から見ると本音では、「会社ごっこ」をしているようにしか見えない。

私は長くサラリーマンをしてきたが、「会社ごっこ」をしている人たちをたくさん見てきた。

こんな時は、私はどうして人間はもっとスカッと生きられないのかねと残念に思っていた。

会議でも生産性のない意見が続き、最後には一番立場の弱い人間に委任し、案をつくれと指示するだけ。これだけの議論のために5時間くらいいい大人が議論している姿を見ると、日本のホワイトカラーの生産性が低いのもうなづける。

私は、サラリーマン時代、文章を書き、取材をする現場主義の人間だが、指示する人間はまったく文章を執筆できない。指示しただけで仕事をする気になる人が世の中本当におおいのでやっかいだ。

しかもその指示が的を射ていれば別だが、全然的外れなので困ったことはたくさんある。その指示通りに執筆しなければ怒られるが、あまりに指示内容がひどいとこちらも無視するのだが、そうなると怒られる。

日本が韓国や中国に敗北したのも現場を軽視したからだろう。お金で引き抜かれたこともあろうが、あまりにも現場軽視の日本の会社にあきれ果てて、韓国・中国企業にスカウトされたという気持ちも理解できる。

その結果、日本の技術は凋落した。だから技術者を責める気にはまったくならないのだ。

とはいえ私がスキルを身につけられたのはサラリーマン時代のおかげであるし、社内ライターという特殊な地位にいたおかげでもある。

もし、社内ライターという位置にいなければ今はなかった。

ただし、私が辞めるにあたって、社長も裏切り者という思いもあったようで、「会社を辞めたら誰も相手にしないぞ」と不快感もあらわにしていた。

ただし、この会社を続けていれば精神的に限界に来ていたので、決心は変わらなかった

「会社ごっこ」「仕事ごっこ」を続けていくと人間いつか病む。逆に、「ごっこ」が仕事だと思えればそれはそれで幸せなのだが、私には「会社ごっこ」を続けるのは無理だった。

最後は逃げるように会社を去ったが「会社ごっこ」をしている人で幸せと感じる人はどれだけいるのだろうかとふと思った。